はじめに

成年後見制度は、知的障害や認知症などで判断能力に問題のある人の財産管理や法的手続きを支援します。しかし、適切な事前準備で利用を避ける方法もあります。この記事では、成年後見制度の利用動機を最高裁判所のデータをもとに明らかにして、どのような対策があるかを解説し、望まないタイミングで成年後見制度を利用することを避けるための知識を提供します。

成年後見制度の利用動機

成年後見制度を家庭裁判所に申し立てる理由は人それぞれです。ここでは、最高裁判所の統計データをもとに、申し立ての主な理由を確認しましょう。

最高裁の最新の統計(2023年)によると、申立ての動機は次のとおりです。丸括弧の中の数字は全体に占める割合です。複数回答可であるため合計は100%にはなりません。

  1. 預貯金等の管理・解約(31.6%)
  2. 身上保護(24.2%)
  3. 介護保険契約(14.0%)
  4. 不動産の処分(11.9%)
  5. 相続手続(8.5%)
  6. 保険金受取(5.5%)
  7. 訴訟手続等(1.9%)
  8. その他(2.5%)

また、知的障害者の親の会である全国手をつなぐ育成会連合会の調査によると、利用者が成年後見制度を利用すると決めた理由は、次のとおりです。

  1. 相続など法的な手続きで必要に迫られた(27.5%)
  2. 親の高齢化(健康不安) (24.2%)
  3. その他(22.8%)
  4. 障害福祉サービスや介護保険の契約のため(20.8%)
  5. よい制度だと思ったから(18.8%)
  6. 片親になったこと(15.4%)
  7. 周囲のすすめで(12.8%)
  8. 障害のある本人がひとりっ子(11.4%)
  9. 両親ともに、いないから(8.1%)
  10. 他になかったから仕方なく(2.7%)

親の高齢化や片親になったなど、知的障害者の親独自の理由はあるものの、基本的には最高裁判所の統計データと被ることかわかります。

事前の準備で避けられるもの

次に、成年後見制度の利用動機・理由に挙がっている次の7項目について、対策次第でどうにかなるかをひとつひとつ検討していきます。

  1. 預貯金等の払い戻し
  2. 身上保護
  3. 介護保険契約・障害福祉サービス利用契約
  4. 不動産の処分
  5. 相続手続
  6. 保険金受取
  7. 訴訟手続等

預貯金の払い戻し

高齢者が認知症などになって、その家族が老人ホームへの入居などの介護費用、バリアフリー化のために自宅のリフォームを本人の預貯金から支出しようとしたところ、銀行のキャッシュカードがない、カードの暗証番号がわからず、お金を下ろせない。そこで家族が銀行の窓口に相談したところ、成年後見人などを選任してもらわないと預貯金の払い戻しや解約ができないといわれるというのが典型例です。

ATMの使い方がよくわからないとか、安全性を考えてキャッシュカードを作っていない高齢者は今でもそれなりにいます。キャッシュカードを作っていても、暗証番号を家族に教えていないということもよくあります。

この問題への対策は、事前にキャッシュカードを作っておく、暗証番号は家族で共有するということしかありません。この動画の視聴者で家族に高齢者がいる場合には、認知症になる前にキャッシュカードの有無、保管場所、暗証番号を確認をしましょう。

この点、重めの知的障害者の親にとって注意が必要です。それは障害のある子どもが未成年のうちに親権者として、子ども名義の銀行口座を開設し、キャッシュカードを作って、暗証番号を管理することです。子どもが18歳になると、親が子どもの代わりに銀行口座を開設するには、代理人としての委任状が必要となります。委任状には、子ども本人の署名と捺印が必要ですので、それらを子ども本人がするのが困難となると、銀行口座の開設には成年後見人などが必要になります。

身上保護

身上保護は、身上監護ともいい、成年後見人などの職務の一つです。身上保護・監護とは、具体的には次に関する法律行為を代わりに行うか、本人がすることに同意することをいいます。

  1. 医療に関する事項
  2. 住居の確保に関する事項
  3. 施設の入退所及び処遇の監視・異議申立て等に関する事項
  4. 介護・生活維持に関する事項
  5. 教育・リハビリに関する事項

法律行為とは、意思表示によって権利義務を発生したり変動させたり消滅したりする行為を指します。典型例が契約です。例えば、売買契約が結ばれると、買主は買ったものを自分のものにする権利が発生する一方で、代金を支払う義務が発生します。

身上保護・監護は、本人が必ずしなければならないものは多くありません。例えば、医師の診察を受けるには、本人が病院に行けて、治療費を支払いさえできれば、医師や病院は文句を言うことはまずありません。なんの権限がなくても付き添いの人が代わりにすれば問題ないです。これは病院との診療契約に限られず、施設入所などの障害福祉サービスの利用契約や介護サービスの契約も同じです。障害福祉サービスに関するものですが、厚生労働省は次のように見解を示しています。

なお、成年後見制度の十分な活用、普及が図られるまでの間は、利用者本人の意思を踏まえることを前提に本人が信頼する者が本人に代わって契約を行うことも、サービスの円滑な利用を確保するためにやむを得ない場合があるものと考えている。

支援費制度の事務大要 平成13年8月23日 66p

ただし、賃貸契約の締結は、本人の代わりに家族がすることはできません。もっとも、大家と本人の契約ではなく、大家と家族が賃貸契約を結び、本人を住まわせるということは可能なので、対応可能です。

介護保険契約・障害福祉サービス利用契約

これは、先ほども言いましたが、身上保護・監護の一部です。本人に判断能力がなくても、家族が代わりに契約書にサイン・捺印をしていて、このこと自体問題になることはあまりありません。介護サービスや障害福祉サービスが本人にいま必要なのに、成年後見人などをつけるようにいう事業者は少ないです。

契約書にサイン・捺印をしてくれる家族がいないとか、いても協力してくれないということになると、成年後見制度の利用を求められることはあります。

不動産の処分

不動産は一般的に高額ですので、不動産の処分(売買、贈与が典型例)に関する契約は、厳格に締結されます。そのため、判断能力に問題のある人の不動産を処分する場合、成年後見人などをつけるように言われます。

対応策は、本人に判断能力があるうちに、信託契約を締結することがあります。不動産を信託すると、その不動産の名義が本人から受託者(財産を託される人)の名義に移ります。ですので、今後本人の判断能力に問題が生じても、本人は不動産の持ち主ではないので、本人が不動産の処分に関する契約を締結する必要はありません。本人が定めた信託の目的のために、不動産の処分が必要な場合、受託者が不動産を処分することができます。

ただし、この対策は不動産の持ち主の判断能力に問題のないときにするものなので、重めの知的障害者には使えないものになります。成年後見制度の利用を避けるためには、知的障害者が不動産を所有しないようにしましょう。

相続手続

判断能力に問題のある人が相続人となる相続が発生した場合、相続手続きが難航します。亡くなった人(被相続人)の相続手続き(例えば、預貯金を払い戻したり解約したり、不動産の名義変更)には、原則として相続人全員がサインし、実印で捺印された遺産分割協議書、委任状などが必要となります。本人の判断能力に問題があると、これらの書類を用意できず、成年後見人などをつけないと、相続手続きが遅々として進まないことになります。

しかし、これに対しては、亡くなる前に遺言書を用意することで対応できます。具体的には、判断能力に問題ある人に財産を残さない、残したとしても現金で残す、遺言執行者を指定するなどです。遺言書を残すだけで、死後のゴタゴタを回避できるので、残された家族の安心のために遺言書は残しましょう。

相続手続きを理由に成年後見制度の利用を回避する方法は、遺言書を残す以外に、先ほど取り上げた信託や、贈与、生命保険でも対応できます。

保険金受取

保険金は一般的に高額なため、保険金の受取りの手続きは、厳格に行われます。そのため、保険金の受取人の判断能力に問題があると、保険会社から成年後見人などをつけるように言われます。しかし、これに関しても対策はあります。

対策は保険金の受取人である判断能力に問題のある人が、被保険者であるか否かで異なります。

損害保険や医療保険のように被保険者=保険金受取人の場合には、損害保険は代理請求制度、生命保険や医療保険などでは指定代理請求制度を利用することで対策可能です。

他方、被保険者 ≠ 保険金受取人の場合は、これらの制度は使えません。被保険者≠保険金の受取人のケースは、生命保険で、かつ、死亡保険金の場合です。これについては、次のどちらかで対策できます。

  1. 生命保険信託
  2. 障害者扶養共済

生命保険信託であれば、保険金の受取人には、判断能力に問題がある人ではなく、信託銀行か信託会社になります。また、障害者扶養共済は、年金管理者という障害者本人の代わりに年金の受取り手続きをできる人を指定することができます。

以上の6つの事項については、事前の準備または代替するものを利用することで、成年後見制度の利用を避けることができます。

事前の準備で避けられないもの

一方、本人の判断能力に問題がある場合、成年後見人などの選任をしないと対応できないことについて説明します。

裁判所を利用した法的手続きは、判断能力に問題ある人が自分でなんとかできるものはほとんどありません。裁判所に判断能力を疑問視されると、法的手続きが止まることになります。法的手続きを弁護士に依頼するとしても、弁護士が依頼者の判断能力を疑問視すると、依頼を断られるか、または成年後見制度の利用を勧められることになるでしょう。

ただし、裁判所の法的手続きにおいて、判断能力がまったくない人の場合、特別代理人を裁判所に選任してもらうことは可能です。特別代理人が選任されたら、成年後見制度の利用を避けることができます。

裁判所の他に法務局で行う手続き(登記や供託)も、法務局や司法書士に本人の判断能力を疑問視されると、手続きできなくなるでしょう。

その他に、判断能力に問題ある人が他人に損害を与えた、逆に他人から損害を与えられた場合で、損害保険会社が関与する場合も、成年後見制度の利用を求めらるでしょう。判断能力に問題ある人との示談は無効になるリスクがあるため、損害保険会社は成年後見人などがいないと、示談交渉に応じないはずです。

なお、逮捕されるなどして警察沙汰になった場合には、本人の判断能力に問題があっても、弁護士が弁護人になって本人の弁護を行うことができます。弁護人の選任は本人以外でもできるからです。

事前の準備や代わりになるもので、成年後見制度の利用を避けることが難しい主なことをまとめると、次の三つとなります。

  • 裁判所を利用した法的手続き
  • 法務局を利用する法的手続き
  • 損害保険会社が関わる示談

まとめ

成年後見制度は、認知症や知的障害のある人のお金の管理や大事な手続きをする際に使われます。しかし、うまく準備すれば、この制度を使わずに済む方法、または望まないタイミングで利用しないで済む方法があります。

実際に成年後見制度を利用している人々が成年後見制度を利用した主な理由を最高裁判所のデータから紹介し、これらの理由に対してどう対処すれば良いか具体的なアドバイスを提供しました。

しかし、裁判所での手続きや保険会社との交渉など、どうしても成年後見制度の利用が避けられない場合もあります。

この記事を読むことで、家族の誰も望んでいないのに成年後見制度を利用しなければならない事態が避けられたら幸いです。