障害者の親亡き後の備えとして、遺言の活用をご検討中の皆さんへ

働くことが難しい障害者の主な収入は、障害年金です。しかし、障害年金だけでは、多くの場合、生活費が足りません。そこで、足りない生活費を親が補っている家庭も少なくないでしょう。親亡き後についても、親の財産で補うためには、遺言の活用を検討している方もいるかと思います。

そこで、障害者に多くの財産を遺言で残す場合、特に、障害者の兄弟姉妹である「きょうだい児」の遺留分を侵害する遺言を書く際の注意点について解説します。

具体的なケースを想定と遺言文例

ここでは、両親AとBがいて、障害者の子どもCと健常者の子ども(きょうだい児)Dがいる家庭で、父親A名義の財産についての遺言を取り上げます。父親A名義の財産は、複雑にならないように、次の二つに限定します。

  1. 自宅の不動産(土地建物)時価3000万円
  2. 預貯金 1000万円

この父親Aは、障害者Cの方が、きょうだい児Dよりも、収入が少ないため、障害者Cに多く財産を残そうと考えています。このようなケースでは、どのようなリスクがあり、この父親Aの意向を実現させるには、どうすればいいのかについて、解説します。

この父親Aは、次のような遺言を残したとします。

  1. 自宅不動産は、配偶者Bに相続させる。
  2. 預貯金は、障害者Cに相続させる。
  3. きょうだい児Dには、遺留分を請求しないように求める。

遺留分侵害請求のリスク

この遺言では、法定相続人であるきょうだい児Dが、父親A名義の財産を何ももらえません。きょうだい児Dの遺留分が侵害されているので、きょうだい児Dは、母Bと障害者Cに対して、遺留分(相当額)の支払いを請求することができます。

遺留分とは、一定の相続人に、一定の財産を取得する権利のことです。法定相続分のうち、最低限保障されている部分をいいます。今回のケースのように、配偶者や子どもには遺留分が認められて、財産の所有者であっても、遺留分をなくすことはできません。

今回のケースにおいて、それぞれの法定相続分は、配偶者Aが1/2、障害者Bが1/4、きょうだい児Dが1/4です。したがって、きょうだい児Dの遺留分は1/8となります。具体的な金額で表すと、4000万円の1/8なので500万円となります。

相続人法定相続分遺留分
配偶者B1/21/4
障害者C1/41/8
きょうだい児D1/41/8
法定相続分と遺留分の一覧

遺留分が侵害された場合には、遺留分を侵害する財産を受け取った人(受遺者といいます)に対して、遺留分に相当する金額のお金を支払えと請求することができます。この請求を遺留分侵害請求といいます。この請求は、裁判をする必要はなく、口頭や手紙で伝えるだけで十分です。具体的な金額を伝える必要もありません。このように、遺留分の侵害請求は、比較的簡単にすることができます。

今回のケースの場合、きょうだい児Dは、母であるAと障害者Cの両方に請求をしてもいいですし、どちらか一方に請求しても構いません。

付記事項

遺言には、きょうだい児Dに対して、遺留分の請求をしないように書かれています。このようなことが書かれていても、遺留分を請求できます。遺留分を請求しないようにと遺言に書かれていても、それには法的な効力はないので、遺留分を請求することは法的に止める効力はありません。あくまでのお願いに過ぎないので、請求するかどうかは、遺留分が侵害されたきょうだい児D次第となります。

このように、遺言に記載できるけれど、法的に何の効力がない記載を「付記事項」といいます。

遺留分侵害請求を回避する方法

遺留分を請求することは、遺言を書いた父親Aは望んでいません。そこで、きょうだい児Dの遺留分の侵害請求を回避する方法について、紹介します。

  1. 遺留分を侵害しない遺言
  2. 遺留分の事前放棄
  3. 生命保険の活用

遺留分を侵害しない遺言

一番シンプルな方法は、そもそも遺留分を侵害するような遺言を書かないということです。今回のケースですと、例えば、きょうだい児Dに500万円を相続させるということを付け加えることです。

ただ、父親A名義の財産の3/4は不動産で、預貯金は1000万円しかありません。きょうだい児Dに500万円を残すと、障害者Cには500万円しか残せません。それでは、障害者の親亡き後の備えでは心許ない場合もあるでしょう。そこで、きょうだい児には、預貯金を残すのではなく、自宅不動産の1/6を残すというのもあり得ます。

その結果、自宅不動産は母Bときょうだい児Dで共有することになります。ただし、不動産の共有は、いろいろと面倒なことがあるので、母Aときょうだい児Dとの関係次第では、別の揉め事・紛争に発展するという別のリスクもありますのでご注意ください。

なお、遺言書を作成した時点と、父親Aが亡くなる時点では、不動産の時価の変動、預貯金の増減による遺産全体の金額も変化します。したがって、きょうだい児Dの遺留分については、幅を持って考慮した方が安全です。

遺留分を侵害されたきょうだい児Dが、遺留分を請求するかは、きょうだい児Dの自由です。この記事をご覧になった親御さんの中には、うちの子どもは遺留分を請求するような子ではないと思っている方もいるかと思います。

しかし、きょうだい児D自体は、遺留分を請求したくないと思っていても、きょうだい児Dの配偶者のプレッシャーによって、遺留分を請求せざるを得ないこともあります。きょうだい児Dの配偶者は、父親Aの相続に関しては無関係ですが、相続人であるDに対しては事実上の影響力があるのが一般的です。また、配偶者がいなくても、父親Aが亡くなった時のきょうだい児Dの経済状況によっては、遺留分を請求することもあるでしょう。

遺留分の事前放棄の手続き

きょうだい児Dに遺留分請求を回避する別の方法として、遺留分の事前放棄があります。これは、きょうだい児Dが、家庭裁判所に、父Aが亡くなる前に、遺留分を予め放棄する許可をもらうことをいいます。

父Aが亡くなったとに、きょうだい児Dが遺留分を請求するかは、Dの自由です。つまり、放棄することに、誰の許可も要りません。しかし、事前放棄の場合、父Aなど迫られて、Dの意思に反して、遺留分を放棄させられる危険があります。その危険を回避するため、家庭裁判所の許可が必要となっています。

家庭裁判所は、次の諸事情を考慮して、遺留分の事前放棄を許可するか否かを判断します。

  1. Dの自由意思に基づくものかどうか
  2. 遺留分を放棄する理由がもっともなものかどうか
  3. 見返りとしての代償があるかどうか

遺留分の事前放棄は、Dが申し立てるかどうか、家庭裁判所の許可が出るかどうかという2つのハードルを越えなければなりません。

生命保険の活用

父Aが障害者Bに多くの財産を確実に残したい場合は、遺言ではなく、生命保険を活用する方法もあります。

生命保険の死亡保険金は、受取人の固有の財産となり、生命保険の契約者の財産にはなりません。父Aが自分自身を被保険者とする死亡保険に加入し、障害者Bを死亡保険金の受取人として指定します。そうすれば、原則として、その他の相続人であるBやCは、死亡保険金に対して何もいえません。

ただし、死亡保険金の金額などから、他の相続人BやCとの間で著しく不公平な場合には、死亡保険金も父Aの遺産となり、遺産分割や遺留分の対象となるので注意してください。

それから、死亡保険金がそれなりの金額になるためには、長期間生命保険料を支払う必要があるのが一般的です。そのため、父Aが高齢になって遺言を作る、かなり前から、生命保険に加入しなければなりません。

関連する問題

遺留分侵害請求に対する適切な対応

きょうだい児の遺留分を侵害するような遺言を作るときに注意することは、他にもあります。それは、きょうだい児Dの遺留分の請求に対して、障害者Cが適切に対応できないことによるリスクです。

例えば、きょうだい児Dが障害者Cに対して、遺留分侵害請求調停や同訴訟を起こした場合に、障害者Cが弁護士を雇うなどの適切な対応をせずに、何もせずに放置したとします。その場合、障害者Cの欠席により裁判は負けることになります。障害者Cが弁護士を雇っていれば、支払う金額を減らせたとしても、欠席裁判で判決が確定してしまったら、判決どおりに支払わなければなりません。

このようなリスクを回避する方法として、2つを紹介します。

遺留分侵害請求の順番を指定する

遺言書に、遺留分侵害請求をする相手方の順序を指定することができます。今回のケースですと、きょうだい児Dが遺留分侵害請求をする相手方を配偶者(母)B、障害者Cの順番に行うと遺言書で指定することで、事実上、障害者Cは遺留分侵害請求の対応をしなくてすみます。

成年後見人などの選任

判断能力に問題がある障害者の場合は、成年後見人や保佐人が選任されていれば、きょうだい児Dから遺留分侵害請求がされたとしても、成年後見人などが適切に対処します。障害者Cについて、すでに成年後見制度を利用している、または、将来的に利用する予定である場合には、障害者Cが遺留分侵害請求に適切に対処できるかを心配しなくても大丈夫でしょう。

最後に

以上のように、判断能力に問題のある障害者の親亡き後の備えは、さまざまな事情を考慮して、それぞれの家庭において、適切な方法を決めていく必要があります。

今回のケースのように、遺留分を侵害する遺言書を作るときには、生命保険や成年後見制度も関係しますので、遺留分のことだけを検討するだけでは、落とし穴にはまることもあり得ますので、ご注意ください。