親の監督責任はどこまで?

知的障害のあるお子さんが他人にケガなどの損害を与えた場合、親御さんはどのような責任を負うでしょうか? 今回はお子さんが成人の場合について、具体的な裁判例を紹介して解説します。

事件の概要

2014年10月、大分県のマンションに住む知的障害のある男性(当時42歳)が、マンションの管理人の男性(当時74歳)を突き飛ばして転落死させました。加害者には責任能力がなかったことから、管理人の遺族が加害者の両親に対して損害賠償を求めました。

加害者について

加害者は、統合失調症と中等度の知的障害であり、本件当時責任能力がありませんでした。加害者は幼稚園に通っていた頃に知的障害を指摘され、中学校から養護学校(現在の特別支援学校)に通い、高校も養護学校でした。しかし、無断外出が頻繁にあったことから退学処分となりました。その後、加害者は作業所などに通うもトラブルによって長く続きませんでした。

その後、1991年から2014年まで、精神科病院を合計14回入退院を繰り返しました。入院のきっかけは、加害者の両親に対する度重なる暴力や夜間外出でした。加害者の暴力によって、ご両親は骨折などの大ケガを負わせることも一度ならずともありました。

精神科病院を退院する際に、医師から施設入所を提案されたところ、加害者の母親はその提案を断りました。断った理由は、その施設の評判が悪かったことと、その施設では加害者の持病に対応できなかったからです。

加害者は、両親と同居しているマンションでも大声を出す、部屋の壁を叩く、上半身裸でマンションの周りを歩く、非常ベルを鳴らすなどの迷惑行為を度々行っていました。そのため、管理組合や管理会社から苦情を寄せられるようになりました。

加害者は精神的に安定している時期と不安定な時期があり、安定しているときは加害者一人でマンションの周りを散歩することもありました。

ご両親について

加害者の母親は、1990年ころから、加害者の世話に専念するために看護師の仕事を辞めました。加害者の財産管理はご両親がすべて行なっていました。

ご両親は、加害者のマンションでの迷惑行為を防止するために、加害者が一人で勝手に外出できないようにダブルロックを設置しました。

被害者について

被害者は、2012年ころからマンションの管理人をするようになり、当初は加害者とは世間話をするなど良好な関係でした。しかし、管理人なって約半年が経ったころから、加害者をホウキで追い払うなど加害者をバカにするような態度を示すようになりました。このことについて、加害者は母親に不満を漏らしていました。

事件の発生

事件当日、加害者の機嫌が良さそうであったため、母親は一人での外出を許しました。加害者がなぜ被害者を突き飛ばしたのかは詳細は不明です。ただ、マンションの防犯カメラに加害者が被害者を突き飛ばしている様子が映っていたため、突き飛ばしたことに間違いはありません。

加害者は母親に対して「管理人さんを押した、管理人さんが倒れた」などと伝えました。

被害者は翌日亡くなりました。

他方、加害者は、精神科病院に措置入院となりました。

裁判の争点

本件の裁判では、次の2点が争点となりました。

  1. 加害者のご両親は、民法714条1項の法定の監督義務者かどうか
  2. 監督義務者ではないとしても、賠償責任を負うかどうか

なお、民法714条1項は、次のとおりです。

第714条 前二条の規定により責任無能力者がその責任を負わない場合において、その責任無能力者を監督する法定の義務を負う者は、その責任無能力者が第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、又はその義務を怠らなくても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。

民法714条1項

裁判所の判断

大分地方裁判所は、今回の不幸な事件について、加害者の両親には賠償責任はないという判断を下しました。

争点1について、裁判所は、加害者は成人していることから、加害者の両親には親権者ではなく、一緒に住んでいる両親というだけでは、民法714条1項の法定の監督義務者ではないと判断しました。

争点2については、裁判所は、加害者が第三者に対する加害行為の防止に向けて、加害者の監督義務を引き受けたとする特別な事情はないので、法定の監督義務者に準ずる者にもあたらず、損害賠償責任はないと判断しました。

この裁判は高等裁判所、最高裁判所まで争われました。加害者の両親に賠償責任はないという結論は変わりませんでした。

コメント

この裁判からわかることの一つは、知的障害・精神障害のある成人した子どもが他人に損害を加えた場合に、責任を負えない子どもの代わりに、同居している親が責任を負うとは必ずしも言えないということです。

親が賠償責任を負うためには、法定の監督義務者やそれに準ずる者と言えなくてはなりません。本件のように、同居して、障害のある子どもの財産管理や日常的な世話をしているだけでは、損害賠償責任を負わないと捉えていいでしょう。