緊急事態宣言発令時

2020年4月の緊急事態宣言後、私は自宅でテレワークを始めた。父母の住む1階と、私の家族が住む2階をつなぐ納戸を仕事部屋にした。納戸を扉を開けるとすぐに父母のリビングがある。そのため、小腹が空いたり、サイダーを飲みたくなったりしたら、ほぼ毎日のようにリビングに顔を出していた。4月中は母の様子は普段と変わらなかった。翌月になっても最初の方は同様だった。

神経痛?

5月上旬だか中旬だかははっきり覚えていないけれど、母が動くと体の中が痛いというようになった。本人がいうには神経痛とのこと。老人なので体が痛いなんてことは珍しいことではないと思っていたので、私は大して気にかけていなかった。

しかし、なかなか痛みが治らず、私が見る限り、あまり動けていないようなので、病院には行かないのか?と尋ねた。新型コロナの症状に神経痛というのがあるので、それに間違えられたら嫌だというような会話をしたことを覚えている。その後、近くの町医者に行ったらしく、何事もない、コロナではない、埼玉ではコロナは収束したみたいなことをその町医者に言われたとのこと。

母は痛みでベットで寝るのも痛いとも言っていた。母は寝床は硬い方がいいらしく、ベッドの台の上に、ベッドマットを引かずに寝ていた。新たにベッドマットを購入したことでベッドに横になって痛くなるということはなくなったと聞いた。

町医者では薬を出してもらわなかったため、神経痛自体はその後も続いたようだ。昼間の母は、ソファに座っていたり、ソファの足元に座っていたりと、常に座っていおり、歩いている様子がなくなった。

近所の総合病院

5月23日、市内のKF総合病院に行ったそうだ。どうだった?と私が尋ねたけれど、母は言いたくないようで、一緒に同行した父にも言うなと言っていた。こっちは心配して尋ねたのに、そのような母の態度に不愉快な気持ちになった。ごねて言わせることはできたかもしれないが、言いたくないという気持ちを尊重して重ねて尋ねることはしなかった。翌日、母が寝室で寝ているときに、父から原因がわからないので、詳しい検査を後日することになったということを聞いた。

このあたりから、母の様子はだいぶおかしくなってきた。私が父母のリビングにいくと、相変わらず母はソファか床に座っている。会話もあまりしたくないのか黙っている。納戸で仕事をしていると母の弱々しい呼吸する音が聞こえたりもしていた。これはなんかあるんだろうなと思うようになり、介護もあり得るかもしれないとも思うようになった。

6月下旬に母の誕生日。最近、息子は父母の部屋に寄り付かなくなったので、孫に会う機会が減っていたから、誕生日には息子を連れて行こうかと思っていたけれど、辛そうにしていたのと、誕生日がある試験の前日であったことも結局しなかった。結果的に、息子とは会えずじまいで入院になってしまった。

介護もあり得ると思ったので、今やっている同性婚の法制化の活動はお休みする必要があると考え、団体の代表者に、母の体調が悪いのでしばらく活動を休むかもしれないと伝えた。