障害者の親亡き後が不安、心配だけど、何をどのように備えていいのだろう。障害者の親亡き後の備えは、さまざまなことを検討しなければならないので、どこから手をつけていいのかわからないという障害者家族も少なくないと思います。

そのような人に向けて、障害者の親であり、弁護士でもある私が考えた7つのステップを紹介します。この7つのステップの順番に従えば、障害者の親亡き後の備えについて、何を検討すればいいかが整理されると思います。障害者の親亡き後の備えに関心のある人は、最後までご覧ください。

【ステップ1】障害者の収入の把握

障害者の親亡き後に備えて、いくらのお金・財産を残せばいいのかを知るためには、障害者自身が親や家族からの経済的な援助なしに、生活ができるかどうかを把握しなければなりません。そのためには、最初に障害者ご本人の収入と支出を把握する必要があります。ステップ1で、障害者の収入、ステップ2で障害者の支出について把握します。

成人の障害者であれば、親や家族の方で、ご本人の現在の収入の把握はできるかと思います。しかし、私の子どものように未成年の場合には、障害者ご本人の収入はほとんどないかと思います。そのような場合には、現状における障害者の収入のデータに基づいて予測するしかありません。

障害者の収入としては、以下の4つが代表的です。

  1. 障害年金
  2. 就労による収入
  3. 障害者に対する公的手当
  4. 生活保護

障害基礎年金の年金額

障害基礎年金の年金額は、日本年金機構によると、2022年4月時点では、以下のとおりです。

等級年額月額
1級97万2250円8万1020円
2級77万7800円6万4816円
障害基礎年金の年金額一覧(加算省略)

就労による収入の平均

障害者の就労として、障害者雇用と福祉的就労を取り上げます。障害者雇用の平均賃金は、2018年の厚生労働省の「平成30年度障害者雇用実態調査」によると、次のとおりです。

種別月額
身体障害者21万5000円
知的障害者11万7000円
精神障害者12万5000円
障害種別の障害者雇用の平均賃金

福祉的就労として、就労継続支援A型とB型の平均賃金は、厚生労働省の「令和2年度工賃(賃金)の実績について」によると、次のとおりです。

種別月額
就労継続支援A型7万9625円
就労継続支援B型1万5776円
就労継続支援の平均工賃・賃金

公的手当の支給額

20歳以上の障害者が受給できると、代表的な手当は、次の2つです。これらは、主に重度の障害者が受給できる手当になります。

  1. 特別障害者手当
  2. 地方自治体の在宅重度障害者手当

それぞれの支給額は、2022年4月時点で、次のとおりとなります。

種別月額
特別障害者手当2万7300円
在宅重度障害者手当5000円
※自治体によって違います
20歳以上の障害者が受け取れる手当の金額

生活保護の支給額

生活保護は、国が定める健康で文化的な最低限度の生活(最低生活費)より、収入が少ない場合に、最低生活費と収入の差額が生活保護費として支給される制度です。

最低生活費は、家賃が地域によって差があるので、世帯の人数や地域などで異なります。例えば、40代・50代の単身障害者(障害年金1級受給)の最低生活費は、政令指定都市である埼玉県さいたま市と北海道函館市ではそれぞれ次のとおりになります。金額は、自動計算ツールを使用して算出しました。

生活扶助とは生活費に、住宅扶助は家賃に相当するものです。障害者の場合、生活扶助に加算されます。

生活扶助基準額障害者加算住宅扶助基準額最低生活費(合計)
埼玉県さいたま市7万7240円2万6810円4万5000円14万9050円
北海道函館市7万1460円2万4940円3万円12万6400円
生活保護における最低生活費の例

生活保護は受給できない類型

次のタイプの障害者は、収入が最低生活費を上回るので生活保護の受給はできません。

  • 障害基礎年金 + 障害者雇用
  • 障害基礎年金 + 就労継続支援A型

最低生活費を下回る類型

他方、次のタイプの障害者は、収入が最低生活費を下回るので、生活保護を受給しないと、健康で文化的な最低限度の生活をしなければなりません。

  • 障害基礎年金を受給できない知的障害者や精神障害者
  • 障害基礎年金 + 就労継続支援B型(生活介護)
  • 障害基礎年金 + 公的手当の障害者
  • 障害基礎年金のみ

【ステップ2】障害者の支出を把握

障害者の収入を把握できたら、次に障害者の支出の把握に移ります。大人の障害者で、親元から離れて暮らしている方であれば、障害者ご本人の支出も把握可能かと思います。しかし、親や家族と同居されている場合や未成年の障害者の場合は、障害者ご本人と家族の支出が明確に分けることが難しいです。これらの場合には、収入同様に障害者の支出を予測することになります。

障害者の支出については、住まいや食事に関する費用と、それ以外の費用に分けた方がわかりやすいです。住まいや食事に関する費用は、障害者ご本人の生活の場がどこかによって違いがあります。障害者の生活の場として、次の3つが挙げられます。

  1. 障害者支援施設
  2. 障害者グループホーム
  3. 一人暮らし

生活の場がこの3つのどれかによって、住まいや食事に関する費用が違いますので、簡単に紹介します。

障害者支援施設の場合

障害者支援施設の入所者の場合、負担軽減措置(補足給付)によって、障害基礎年金の範囲内で調整されます。具体的には、住まいや食事、障害福祉サービスの利用料を障害基礎年金から支払っても、2万5000円程度は手元に残ります。

障害者グループホーム

障害者グループホームの利用者負担額については、「令和元年度全国グループホーム実態調査報告」(p15)によると、調査対象全体の53.5%が6万円未満となっています。6万円未満であれば、障害基礎年金2級の範囲内で収まります。

ただし、都市部の障害者グループホームでは、利用者負担額が8万円を超えるところは珍しくはなく、障害基礎年金では足りません。

一人暮らし

知的障害者や精神障害者が一人暮らしする場合、住まいや食事に関する費用がどれくらいかはよくわかりません。参考になるのは、単身者の平均支出額です。2021年の家計調査によると、単身者の消費支出は、年額平均が約186万円で、月額にすると15万5000円です。そのうち、住まいと食事関係の支出は、次のとおりです。

項目金額
食料約4万2000円
住居約2万2000円
光熱・水道約1万1000円
家具・家事用品約6000円
合計約8万1000円
単身者の消費支出抜粋(2021年)

ただ、このデータは全国平均で、住居費が約2万2000円となっていることは注意が必要です。都市部の場合、住居費は5万ぐらいは最低必要なところも少なくないでしょう。

いずれにしても、一人暮らしの場合は、障害基礎年金では足りず、生活保護の最低生活費を上回ることがわかります。

住まいや食事以外の費用

住まいや食事以外の費用については、個人差がありますが、上記の単身者の消費支出が参考になります。単身世帯の消費支出が約15万5000円で、住まいや食事に関する費用の小計約8万1000円ですので、その他の費用は約7万4000円ということがわかります。

ただし、知的障害者や精神障害者の場合、健常者ではかからない、次のような費用があります。

  • 障害福祉サービスの利用者負担分
  • 成年後見制度の費用

【ステップ3】障害者の親亡き後の期間を計算

ステップ2が終わると、障害者ご本人の月の収支が赤字なのか黒字なのかがわかります。生活保護を受給していない限り、月の収支が赤字である障害者は少なくないと思います。赤字部分を補うことができる程度のお金や財産を残すことができれば、障害者の親亡き後のお金の心配は軽減されることになります。では、赤字部分を補うとして、それは何年分必要になるでしょうか。この障害者の親亡き後の期間が何年か続くかを予測するのがステップ3です。

障害者の親亡き後の期間は、次のような計算式で予測することができます。

障害者の親亡き後の年数 = 親の平均余命 – 障害者の平均余命

障害者の親の平均余命

現在、特に病気や障害がない親であれば、簡易生命表(2020年度版はこちら)に基づいて、平均余命を求めることができます。例えば、私は現在47歳の男性なので、平均余命は35.92年となります。

障害者の平均余命

しかし、障害者の平均余命は、健常者の平均余命とは異なることを示すデータや研究がありますので注意が必要です。例えば、65歳以上の障害者の割合について、2019年の障害者白書では、次のようなデータを表しています。

障害種別65歳以上の割合
身体障害者72.6%
知的障害者15.5%
精神障害者37.2%
65歳以上の障害者の割合

身体障害者全体のうち、65歳以上が多くを占めるのは、加齢と身体障害は関係があるのでわかります。しかし、知的障害者全体のうち、65歳以上の割合が、精神障害者の半分以下であることがわかります。

このように障害者の平均余命は、障害の種類によって異なります。知的障害であれば、ダウン症と自閉症、精神障害ではあれば、発達障害と統合失調症でも、平均余命は違うでしょう。医療や福祉の発達によって、知的障害者の平均余命も伸びることは十分考えられます。ただし、現時点での予測という点では、日本人の平均余命より15年から20年低めに考えることになるでしょうか。

【ステップ4】障害者の親亡き後に必要な資金の計算

障害者の収支と親亡き後の期間の年数がある程度わかれば、親亡き後にお金の心配をしないで済むには、いくらくらい必要かが予測できます。その計算式は、次のとおりです。

障害者の収支の赤字分 × 12か月 × 親亡き後の年数

すでに親元から離れている障害者の場合は、この式に当てはめれば、残す金額がはっきりわかります。しかし、そうではない場合には、将来の予測の部分が多くを占めるため、工夫が必要です。

障害者支援施設への入所

障害者家族として、障害者支援施設への入所を想定している場合、障害基礎年金の範囲内で生活ができるので、障害者の親亡き後の多額のお金を残す必要はないでしょう。ただ、障害者支援施設の入所には、百万単位の寄付金が必要になる場合があるので、それを残す必要があるでしょう。

障害者グループホームの利用

障害者家族として、障害者グループホームの利用を想定している場合、支出の予測額を生活保護の最低生活費か、単身者の消費支出に設定します。そして、障害の程度によって予測収入を設定します。その差額が障害者の収支の赤字分になります。

一人暮らしの場合

障害者家族として、一人暮らしを希望している場合、収入については、障害者グループホームの場合と同じで、障害の程度によって予測収入を設定します。支出の予測額については、生活保護の最低生活費か、単身者の消費支出に設定しますが、注意点があります。それは、障害者の親に持ち家があり、かつ、それを障害者に残すかどうかです。賃貸を想定している場合には、お住まいの地域の家賃相場を参考に、支出の予測額を修正します。

【ステップ5】 資産形成

ステップ4までで、障害者の親亡き後の備えとして、どれぐらいの財産を残せばよいか、ある程度予測できました。次のステップは、その資産の形成です。

親の老後資金

ここで注意しておきたいのは、親の老後資金も含めた資産形成が必要ということです。老後資金もいくら残すのかも、このステップでは意識しておきたいです。

親の老後資金にも影響してくるのが、持ち家です。持ち家がある場合、住宅ローンが完済されていれば、それ以降は固定資産税と修善・リフォーム費用の支出ですみます。他方、持ち家なしの賃貸の場合は、一般的に持ち家ありの場合よりも、住居に関する費用は増えます。不動産は、親亡き後の障害者の収支にも影響があるので、住宅の購入はじっくり検討しておきたいです。

資産形成の方法

資産形成の方法は、収入を増やし、支出を減らすしかありません。

収入を増やすのは、簡単なことではありません。障害者の親としては、最大20年もらえることができる特別児童扶養手当は、中程度以上の障害がわかった時点で早目に受給しておきたいです。

収入を増やす方法として、最近注目されているのが投資信託です。私自身も税制面での優遇があるつみたてnisaやiDeCoで活用しています。

支出を減らす方法もさまざまありますが、個人ができる節税として、所得控除の活用があります。所得控除は、障害者家族にとって関係深いので、理解しておくことをおすすめします。

【ステップ6】 親の資産を子どもにどのようにして残すか

ステップ5で、どのような財産をどれくらい残すかについて方向性が定まりました。次のステップは、それらの財産をどのように残すかの検討に進みます。

財産承継の4つの代表例

代表的な方法として、次の4つの方法があります。これらの4つの方法について、特徴やメリット・デメリットを把握し、比較検討することになります。

  1. 遺言
  2. 信託
  3. 贈与
  4. 生命保険

障害者ときょうだい児

この4つの方法の中から、一つ、または複数の方法を、ご自身の家庭の事情や、親自身の思いなどを踏まえて、選ぶことになります。その際に重要なポイントとなるのが、障害者の親亡き後のための資産を誰に残すのかということです。経済的、法的な判断能力に問題がある障害者に多額の資産を残す場合、その障害者に資産を受け継ぐための手続きができるのか、受け継いだ資産を適切に管理できるのかという問題があります。

これらの問題に対応する方法は、次の二つの方法があります。

  1. 成年後見制度を利用する
  2. 障害者の兄弟姉妹である「きょうだい児」に任せる

2.を選択する場合は、きょうだい児の意向の確認が不可欠です。この意向次第で、選択の幅は増えますので、この段階では、きょうだい児がいる家庭では、その意向の確認と話し合いが必要になると思います。

障害者扶養共済

生命保険に関して、大事な公的な制度がありますので、紹介します。それは(心身)障害者扶養共済です。これは生命保険の一種ですが、民間の生命保険ではなく、地方自治体の条例に基づく公的な生命保険です。

障害者扶養共済は、障害者の親亡き後の心配・不安を解消するために作られた制度で、民間の生命保険にはない多くのメリットがあります。加入するかどうかは別として、その内容については理解しておくことをお勧めします。

【ステップ7】法的な書類を作成する

最後のステップは、ステップ6で選んだ方法について、法的な効果がある書類を作成することです。

このステップで大事になってくるのは、法的に有効で、かつ、のちのちのトラブルをできるだけ避けるように考えられた書類を作成することです。障害者の親亡き後に何かトラブルが発生しても、判断能力に問題がある障害者の場合、そのトラブルに適切な対応ができないかもしれません。

障害者の親亡き後の備えについて、法的な書類を作成する際に、その相談先として最適なのは、弁護士です。法的なトラブルに対応できる法律専門職は、原則として弁護士だけです。司法書士も少額のお金に関するトラブルであれば対応できますが、弁護士はトラブルの内容や金額などに制限はありません。

ただし、障害者の親亡き後の備えについて詳しい弁護士は少ないというのが現実です。もちろん、遺言、信託、成年後見それぞれについて詳しい弁護士は少なくありません。しかし、障害者の親亡き後の備えや障害福祉についても実情や現実、障害者家族の思いや葛藤などもわかっている弁護士となると、少ないと言わざるを得ません。

むしろ、障害者の親亡き後の備えについて、情報を発信している法律専門職は、弁護士よりも司法書士や行政書士の方が多いというのが現状です。

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