家族の写真

母の義理の弟、看護師をしている姪が母の面会に。私は午前中には病院には行かなかったので、父が対応した。後で聞いたところによると、姪の配偶者と二人の子どもも連れてきたそうだ。母と面識はあるものの、大して付き合いはないので、面会に来ても特に母は嬉しくはないように思える。わからないけど。

私は、昨日撮影した母の姉と弟の写真、私と妻と息子の近影、母と父と息子と一緒に写っている笑顔の写真をコンビニでプリントアウトした。母の笑顔の写真を見ると再び涙がこみ上げてきて、コンビニへ徒歩で向かっている時にも涙が溢れて困った。

母は写真なんて自力で見られる状態にはないけれど、もし万が一に死目に誰も間に合わなかった時に、完全に一人よりは写真だけでも家族をそばに置いておきたい。

DIC

昨日、主治医から、母は現在DIC(播種性血管内凝固症候群)にかかっていると説明を受けた。主治医からGoogleで調べてもわかると聞いていたので、調べてみた。ネットで調べた内容は主治医からの説明とほぼ同じ内容だった。ただ、昨日、主治医の説明は途中集中できず、ぼんやり聞いているだけの時があったので、再度冷静な状態でこの病気のことを読むと、やはり絶望的なんだと実感。

葬式について調べる

自分たちで主宰する葬式なんて初めてなので、電子書籍で葬式関係のマニュアル本を購入した。母も父も無神論者で、お墓についても興味がない。また、どうせ昨日今日と面会に来た家族と親族だけのこじんまりとした葬式になるし、母の姉と弟は高齢で病気持ちなので、そうそう頻繁に来られない。そうなると、通夜や告別式はなしの、火葬葬・直葬が適切だと思える。無駄に100万円以上もお金をかけることを、節約家の母は好ましく思わないだろう。

母も父も自分の死後のことについてほとんど話し合っていないので、明確な希望がわからない。こうしてほしいというものがなくても、こうしてほしくないことだけでも明確にしてもらえていたらよかったのにと思う。まだまだ先だけど、先で現実的ではない今のうちに、私と妻については明確にしておいた方がいいと思った。

母との面会

15時から17時に母と面会。父は16時には自宅に戻った。

私が到着した時には、母が目を開けていたので、早速写真を見せた。ちゃんと見ていた。三枚の写真を見せた後は、今朝撮影しておいた息子の動画を見せた。そうしたら、母は目を大きく開いて、その動画を見入っていた。朝ごはんを食べている息子の動画を見せながら、いつも同じ朝食なので仏頂面で食べているから笑顔はないけどねと私が説明をしたら、母が一緒に笑った。ように思えた。普段の反応とは違う音がしたので、思わず笑ってしまったのだと思う。息子の動画は目を大きく開いて凝視していた。実の息子の私が声をかけても、あまり焦点のあっていないような眼差しだけど、孫の動画はまさに食い入るような眼差しだった。さすが孫パワーは侮りがたし。こんなに喜んでくれるのなら、毎日息子の動画を撮影して、毎日見せてあげるようと決めた。

「見てね」という家族で写真を共有するアプリを息子が生まれる頃から使っている。最近、母からのコメントはほとんど入っていないけれど、ちゃんと見ていることはアクセス状況から分かっていた。昨日か一昨日か確認した時には、最終アクセスが4週間前になっていた。その間も見てねは更新されていたので、その頃には辛くて、スマホを見られる状態ではなかったのであろう。

今日は、昨日より意識がはっきりしてそうだったので、昨日した最後のお別れのショートバージョンもした。

昨日、母の隣のベッドで、母と同じように人工呼吸器に繋がれた患者さんが亡くなっていた。私たちと同じように、その患者さんの親族らしき人たちがずっと付き添っていた。重症室だけあって死んで部屋を出ることになるのだなと思った。

私は帰宅して夕食を食べて、そのままベッドに横になった。何度か目を覚ましたけれど、そのまま朝まで寝た。夕食の片付け、息子の風呂入れ、寝かしつけといういつもの私の役割を妻に任せっきり。昨日も。自分の意識としてはそんなに疲れている気はしないのだけど、妻と会話をしていなかったり、息子とじゃれあっていないとつい気持ちが重くなる。