母の入院を知る

今日も父母のリビングの隣にある納戸でテレワークをしていた。朝から物音もせずにひっそり静まりかえっていた。どうしたのかな?と思いつつ、静で仕事に集中できるなと思っていた。

その日の午後、父が納戸の扉をノックした。普段、用もなければノックなんてしてこないので、母の病気のことで何かあったのだろうと思った。父から母が近くのKF総合病院に入院したことを知らされた。肺に水が溜まっており、すぐに処置をしないと危ないということで急遽入院することになった。面会はできるけれど、時間帯の制限や人数制限、面会時間が15分などと制限があるとも聞かされた。病院のサイトを確認したところ、そのとおりだった。

母との面会

自転車で市内のKF総合病院に向かった。総合受付及びナースステーションで面会の手続きを済ませて、母のいる病室へ。母は目を覚ましており、横なっていた。水が飲みたいというので、水差しで飲ませた。

会話の内容はそこまで正確には覚えていないので、順不同で箇条書きにする。

  • 今日、(私に)会えるとは思っていなかった。
  • 肺に溜まった水を抜くための管が入っているところを見せようとする母に対して、痛々しいから見たくないと断った。
  • 介護保険の利用や家にヘルパーさんが来ることは大丈夫かと尋ねたら、母は大丈夫、問題ないと答えた。
  • 息子が上でピョンピョン跳ねたり、走り回ったりして睡眠が妨げられないかと尋ねたら、眠れないこと、起きてしまうことはあると答えていた。
  • 息子のことは好きだし、あの子はあの子なりに一所懸命生きていると母がフォローしていた。
  • 睡眠が妨げられるようなら、睡眠を確保するために、今住んでいる家を出て、アパートを借りることもあり得るという話もした。ただ、父は息子を溺愛しているから、そうなったら母一人で出ることになるかもしれないと。
  • 息子のたてる音で睡眠が妨げられることがあったのは、体調を崩した最近ではなく、例えば半年前ぐらいもあったのか確認したところ、あったと母は答えた。

このような会話は、麻酔のせいかややボーッとして、口がよく回ってない母とした。

おそらくこれが普段の母との最後の会話になるかもしれない。

今後に向けての準備

病院からの自転車で帰る間に、車の免許をとることを決めた。睡眠を確保するために、家の近くにアパートを借りることになり、夜と朝に自宅とアパートを行き来することになった場合、車がないとかなり不便だし、実現できないと思えたから。免許なしで生きていくつもりだったけど、やむを得ない。いい歳した40代だけど教習所に通うしかない。出費が痛いけど。

帰宅後、妻と父に、母との面会の様子を伝えて、車の免許をとることを伝えた。帰宅後、近くの自動車教習所にオンラインで予約した。

父は、母が息子の立てる音で眠れないとか、睡眠が妨げられるというようなことを言っていたことはないと言っていた。よくよく考えると、息子は昼間はうるさいけれど、母が寝る頃には息子も寝かしつけの時間であり、なかなか寝ない時があっても騒ぐことがあっても毎日というわけではない。ただ、母がそういう以上、それが本当のこととして、今後のことを考えるべきなので、母が近くにアパートを借りて住むという選択肢は検討に値するとは、父と妻には伝えた。

夜の急変

息子の寝かしつけをしていた21時すぎ、父から電話がかかってきた。病院から母の容態が悪化したという知らせがあったらしい。肺水腫になったそうだ。病院からすぐに来た方がいいとは言われなかったらしいが、心配した父がこれからタクシーでいくというので、私も一緒に行くことにした。

病院について救急・時間外入り口から入り、母のいる病棟へ。ナースステーションに顔を出したら、当直の看護師さんが開口一番「あら、来ちゃったの?」と驚いた。私が「今日、どうにかなるわけではないのですか?」と尋ねると、その看護師さんは首肯した。

看護師さんに案内されて、重症室に移った母を見舞った。人工呼吸器を使っているけれど、挿管はしておらず、マスクで呼吸を助けていること、せん妄状態になり、叫んだり暴れたり管を抜こうとするので拘束していること、主治医が急遽対応して今は落ち着いていること、明日朝主治医から連絡があることを看護師さんから伝えられた。母は意識がないことから、長居しても仕方がないので家に戻ることにした。

タクシーを呼んだものの、救急・時間外入り口が閉まっており、閉じ込められてしまった。父がナースステーションに戻り看護師さんを呼んできて、別の出口から病院の外に出ることができた。